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Oona-Gang Louise!! 01

 わたしの使い魔が言っていたわ。
 この世で一番、それも女王さまが毎日頬張っちゃうほど美味しいパイにはね、
 あふれるくらいの、トリック(いたずら)とゴシップ(うわさ話)が詰まっているのよ。



Oona-Gang Louise!!



 谷は呼吸する。
 その場所にとって、空気の清廉さは殊更大事だった。奥底から猥雑さとは無縁のようで、異邦人ルイズとしては、自身の制服の焦げ目すら懸念足り得る。
 吹き抜ける風は谷の呼気であり、吸気であった。ルイズは呼気に攫われ、今し方紛れ込んだばかりだ。後に回顧すればそれは、本意ではなかったが、確かに幸運だった。そのときはただ、何故と嘆く気持ちばかりであった。使い魔を召喚するためのゲートが、あろうことか召喚主たるルイズを飲み込んだのだ。
 そしてこの場では、この至上の場では、己が召喚主である! などと広言する気が匙一杯分も湧いてこない。
 あたりを囲む木々の肌、流れる小川は、月夜の青みを帯びて薄らぼんやりときらめいている。
 ルイズは声を嗄らした。
「不敬な質問を、おゆるし、下さい」
 まさに今、頭を垂れることの安堵を味わっている。愚昧な顔を向けずとも許されることの安堵。その存在に正面から圧倒されることのない安堵だった。
「――特別に許す」
 頂に座る花々のようなものが言った。宗教神のごとく不確かで、言葉では正確に表現することができない。己が信奉する始祖ブリミルでは決してなかったが、不思議とその花々のようなものからは、神を感じた。
 貴きものである。釣鐘水仙、凌霄花、青、赤、紫の数々が、二つの目でルイズを見おろしている。
「私めはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
 ここは……、ここは、どこでございましょうか」
 ぶうんと、花々のようなものの傍に控える、長い耳と羽根を持つ小人――所謂妖精が、薄長の羽根を鳴らした。
 下を向いていたルイズには解らなかったが、花々のようなものはその妖精の一匹に視線をやった。
 一匹は一歩前に出て言った。
「――エレンドラ谷、ウーナ女王の御前である」
 そこは幾千、幾億もの妖精を従える超大な女王、ウーナの谷であった。
 ただただ、彼女の発する荘厳さのみがルイズに襲い来る。つむじを押さえられ、額をつけよ、床につけよと心の奥が体に命令する。
 しかし、と、ルイズはそれを振り切った。どれだけ圧倒されても、忘れてはいないことがあった。今日は使い魔の儀で、これはサモン・サーヴァントの続きなのだ。暴発ばかりの己が魔法が応えた、初めてのリアクションだった。
 この期を逃してなるものか。一生ゼロのままでいいのか。
 そして言った。
「使い魔を戴きたく……」
 その後のルイズは多弁であった。ただただ、使い魔の下賜を請願した。
 サモン・サーヴァントや、コントラクト・サーヴァント。トリステイン魔法学院、トリステイン国、ハルケギニア等々。沢山のことを説明した。
 女王は一つの質問をした。
「――ハルケギニアには、エルフか、ゴブリンは居るか?」
「エルフが居ます」
「そうか。……一輪許す。持っていけ」
 女王は己が体からスミレの蕾を一輪だけ摘むと、それをルイズにやった。
 ルイズは大逆の徒エルフの征伐に同調して下さるのだと思い、ウーナは配下の幾人かが友好を示すエルフを支援してやろうと考えてのことだったが、このすれ違いは今日の話に特別関係ない。
 ルイズが賜ったスミレの蕾は、名を苦花というらしい。
 やがて意識が薄れる。


「……ァリエール! ミス・ヴァリエール!
 おお、気がつきましたか?」
 うっすらと不確かに揺らいでいた意識が定まりだし、ルイズがはっきりと覚醒したとき、そこはエレンドラ谷ではなくトリステイン魔法学院であった。中年の教師、コルベールが彼女の顔を覗き込んでいる。
「ああ、はい、ええと? ミスタ・コルベール?」
「気がついたかね。立ちくらみを起こしたようだが」
「平気です」
「よし、ならば儀式を続けなさい」
「え? は、はい」
 召喚されたのは、群青色の妖しげな花の蕾だった。僅かに溜まった露が、今日の日の強い日光を反射している。
「我が名はルイズ・フランソワーズ……」
 呪文を唱え、花に杖の先端をそっと当てた。そしてキスをした。
 やがて花弁の一枚にルーンが現れ、契約は成功したようだった。
「ルイズには草が限界だったかー」
「生き物は無理だって自分でも解ってたから、ゴネないで契約したんだろ」
 何人かがそう言って笑う。ルイズは余程先ほどまでのことを喋ってやろうかと思ったが、やめた。上手く説明できるはずがなかったし、彼らの誤解を解くためだけに、ウーナの名前を出す事は、いかにも不敬であるような気がした。
「終わりました」
 ルイズはコルベールと向き合い言った。根が見えている苦花は胸に抱く。
「よろしい。じゃあ皆、教室に戻ろうか。
 とはいえ、授業はもう終わりだ。各々使い魔に入り用なものを揃える手配をするように。学院を通して手配する者以外はそのまま行っても構わないよ。
 ああ、例えばミス・ヴァリエールなら、植木鉢が必要だね?」
「はい。わかりました、ミスタ」




 ルイズは一度自室に向かい、一通り部屋を調べて鉢の代わりが見つからないことを確認してから、同級生モンモランシーの部屋の戸を叩いた。
「ヴァリエールよ。ごめんなさい。モンモランシー、居る?」
「居るわよ、どうぞ。どうしたの?」
 招きに応じ、片手で戸を開ける。もう片方では苦花を抱いたままだ。
「ありがとう。それでね、あなたって秘薬の授業とか得意じゃない?
 自分で栽培をしてるって噂も聞いた事があったし、ひょっとしたら、自前の植木鉢とか、あまってない?」
「え、植木鉢? ええ。ちょ、ちょっと待ってね」
 妙に焦った様子のモンモランシーを尻目に、彼女の部屋をルイズは見回す。幾つもの草木が並んでいる。ルイズは勉強熱心だったから、教本に載っているものはすぐに見分けがついたが、そうでないものが植えられた鉢も散見された。
 体の悪い次姉の助けにならないかと、公の書物に度々目を通していたルイズの知らないものと言えば、確信に至るまで効能が証明されていないか、公の書物に載らない類のそれかだ。あるいはモンモランシーに観葉趣味があり、特別効能のないただの草花なのかも、と彼女は考えた。
「ねぇモンモランシー、痛み止めのあの花と化膿防止のあの草の間の花って……」
「なんでもないわよ!? ……ほ、ほら、これ、使ってない植木鉢。あげるわ」
 そう言って、栗色の鉢を差し出してくる。ルイズは失礼を目で謝りながら、片手でそれを受け取った。
「ありがとう、助かるわ。後から何倍かにしてお返しするから、期待していてね」
「ヴァリエールの倍返しね、期待してるわよ」
 室内の草花をルイズの視界から遮るようにモンモランシーが動きながら、相槌を打った。
「早々でごめんなさい。もう失礼するわ。土とか、用意しなきゃいけないの」
「ええ、頑張ってね」
 ルイズはもう一度頭を下げて、モンモランシーの部屋を後にした。


 鉢の中心に苦花を据えて、上手く土で満たす。
 日は下りはじめていて、そろそろティータイムが終わる頃だった。
 ルイズには、昼下がりに優雅な歓談を持つような友人がいなかったから、テラスなどを避けて部屋に戻る。話の上にしばしば自分の悪口などが載るとあれば、自然と忌諱もする。
 苦花は土に根を張った後、すぐさま何か変化を見せるようなことはなかったが、夕暮れ時になって静々と兆候が表れた。

 自室で書き物をしていたルイズは、いつの間にか何かの香りが室内を満たし、鼻をくすぐっていることに気づいた。
 幼い頃の情景を思い起こさせる。胸が弾み、同時にどこか秘めやかな、好奇心を煽り立てるような気持ちにもさせられる。厳格さの体現であった長姉の部屋に忍び込み、音を立てぬよう気を配りながら蜂蜜の在り処を探すような、甘酸っぱい思いを抱いた。
 辿れば香りは、苦花からきているようだ。
 徐々に膨らみだし、青色から赤色へ、そして紫色へと移り変わる。蕾は大きくなった。どんどん大きくなった。
 そしていかにも夕暮れ時の花という顔で、そいつは一瞬で満開になった。ルイズは文字通り、瞬きを忘れた。
 数秒だったろうか。数十秒だったかもしれない。
 役柄を忘れられたルイズの瞼が、痛みにつられてぱたんと閉じたとき、苦花の変化は全て終わっていた。
 青い花弁に夕日の色が混じり込んだ、気が狂うような紫の中心に少女が居た。可愛らしく、つつましやかに、猫があくびをするように、長い羽を伸ばして、妖精が一匹、軽やかに花から飛び出したのだ。妖精はすくすくと大きくなり、終いにはルイズの手のひらほどまで成長した。
 そしてまた、苦花は蕾に戻る。
 ルイズは唖然とそれを見ていた。




「ふぇ……!」
 ルイズはぱくっと、慌しく飛び出そうとした言葉を飲み込んだ。万が一、大声をぶつけて逃げられるようなことがあっては堪らないと思った。
「ん? ……なあに?」
 そんなルイズの様子を不思議に思ってか、妖精が首を傾げる。甲高い、子供のような声をしている。
「ごめんね。あなたって、フェアリー?」
「そうだよ? ご主人は、ご主人なのに、ウーナ様じゃないんだね」
「え、ええ、そう。あんたが生まれた花をね、ウーナ様から頂戴したの。
 だから私が主人で間違ってないわ。うん、もちろん。あなたは私の使い魔。これ決定だからね」
 ルイズが執拗に念を押すさまが可笑しかったのか、妖精はきゃらきゃらと笑った。
「使い魔って何? 何だろ、何の話?」
 ぴんと指を立てて、ルイズは楽しげに説明を始める。
「私と目とか耳とかを共有したり、私の欲しいものを持ってきたり、私を敵から守ったり、かな。最後のはいいわ。あんたちっちゃいもん。危ないときは、私の後ろにいるのよ。
 でも、一つめと二つめは頑張って欲しいかな」
 妖精は再び笑い、羽を震わせてとんぼ返りをした。
「どう? 目が回った? ぐるぐるした?」
「……しないわね。上手く繋がらないかも。なんでかなぁ」
 蛇足だがルイズの直接の使い魔は、植物の苦花である。
「二番目は、欲しいもの? わたしが集めるのはうわさ話だよ。ウーナ様の大好物。
 おあいにくさま、ご主人とは直接繋がらないみたいだけど、明日になればもう一人増えるから、わたしの妹を肩に乗せてあげて」
 妖精は窓のサンに、テレポート用の呪印を削りながら言った。
「明日増えるの?」
「うん、一日に一人、生まれるよ。
 ウーナ様の蕾なら当然。わたしたちって、そういうふうにできてる」
 ルイズは目を輝かせた。とんでもない使い魔だ。彼女自身、予感があったが、当然のようにその晩はなかなか寝付けなかった。
 ルイズが寝たのは零時前後で、それから少し過ぎたころ、妖精は働きはじめた。


Oona-Gang Louise!! 02


 夜が更けて、日付が変わった頃。モンモランシーは自室で香水の調合をしていた。昼間、ルイズに指摘された鉢は本来、稀少さ故に流通を制限された品を植えるための鉢で、貴族とはいえど落ち目のモンモランシの娘が買える値段ではない。
 ここ最近は、それに良く似せた効能の、完全な違法品が鉢に根を張っていた。正規の品の値崩れを防ぐために違法とされたため、いわば価格を抑えるための改良品種と呼んで良かったが、確かに違法なのだ。同級生に知られるのは些か拙かった。
 使い切ってしまおう。
 モンモランシーは手元の瓶を素早く片付け、その鉢に手を伸ばした。恋人と呼ぶのは気恥ずかしいから、彼氏と呼ぼうか。同級生で、幼馴染で、彼氏のギーシュ・ド・グラモンだけに贈るものだ。一度に沢山作っても仕方がない。けれど良い物を作りたい。質を比べて残りを捨てる気にはなれない(何せ材料費が高い)。
「ギーシュったら、始業式の日に新入生に色目使ってたもの。自分が誰の彼氏か教えてやらないと……」
 こりこりと、材料の根をすり潰す。粉々になるまで潰す。力は入れすぎるくらいが良い。やや酸味を帯びた匂いが漂いだした。モンモランシーは手を休めない。なぶる様に砕き、潰していく。
 拍子をとって手を動かすことに、心がつられたのだろう。モンモランシーは軽く鼻歌などを奏でながら、仕上げの作業に入っていった。
 そのさまを妖精が見ていた。




 ルイズは夢の中で、黒い世界に居た。
 黒い壁、黒い床、黒い天井。不安に駆られ黒い窓を開ければ、黒い土、黒い空、そして黒い木々があった。太陽も黒く染め上げられていた。そして黒い日差しが差し込む。
「暗闇? ……ううん、違うわね」
 そこは暗くはなかったし、闇でもなかった。ただ黒かったのだ。
 ぼんやりと、ルイズの白い腕が浮かび上がる。肌の色をしていた。
 手のひらを眼前に掲げる。指の節々や、毎朝磨いでいる爪先が見えた。ルイズの眼球は、それらを見つめ、この黒い場所の中で認識していた。また、窓の外に目をやった。黒くて、変わらない。
 二つの眼球が、きょろきょろと動き回る。ただのガラス球のこいつらは、黒の色が好きだったり、動き回るのが好きな訳ではない。ルイズがやれと命じただけだ。眼球はすぐさまそれをした。
 四方八方隅々まで目をやったが、体以外は全て黒だった。
 ルイズは不思議な気分でいた。
 その世界にはルイズの肉体があって、その脇にはルイズの精神があった。精神は決して眼球で見て取れるものではなかった。だが、見えないからと言って、肉体の眼球に映っていない部分(例えば背中とか、おしりとか)が、肉体から離れてしまっているかと言うと、決してそんなことはないように、精神はあった。

 ふと、黒いルイズの部屋に、一匹の妖精が闖入してくる。
 ルイズの眼球は、妖精の青ざめた肌が黒い世界に浮いているのを見て取った。ルイズの精神は、その肉体の横に妖精の精神があることを認めた。
 そしてルイズは、妖精の肉体と精神の上に、もやもやした、なんだか良くわからないものがあることに気づいた。
 そのもやもやしたものは、妖精にとって最も大切なものであり、妖精そのものであったのかもしれない。それは、肉体と精神に、白い糸のようなものを伸ばして繋がっていた。
 眼球で見てもさっぱり解らなかった。目も、鼻も、口もない。ルイズの精神がそれを探ろうとしても不確かで、やはり解らない。だが、ルイズは、それが自分を見ていることに気づいた。目はないが視線があり、視線を向けようという意識があり、それは熱心に、ルイズの肉体と精神の上を見ていた。
 ルイズは気になって、顔を上に向けた。同時に意識も上に向けた。
 するとそこにはもう一つ、なんだか良くわからない、もやもやしたものがあって、やはり二本の白い糸がルイズの肉体と精神に、




 翌日の目覚めは、薬のような恍惚感を伴い訪れた。
 ルイズの起床につられてか、窓際でうつらうつらと揺れていた妖精が飛び寄る。
「ご主人、おはよう、変な顔だよ」
「……フェアリー、あんたねえ」
 射し込む朝の陽光に当てられ、爽やかな覚醒と共にルイズは伸びをする。少しずつ体を起こし、頭を起こし、一日を始める。
 トリステインの、早くから働き出す平民の朝は早く、貴族もそれと同じ頃に目を覚ます。ルイズも目を覚ます。働くためではなく、勿論遊ぶためでもなく。正餐を設けるために。
 朝食を正餐と定めるには、貴族という生き物は倦怠で宜しくない。幼少の頃から豪華な朝食に触れ、やっとの事で胃腸を慣らす。豪勢なパーティは夜に催すが、それでも正餐を朝食にとするのは変わらない。
 朝食は祈りだ。
 国のため、己のために魔法を行使するよりも早く、何よりも早く、始祖ブリミルに感謝を捧げる。そうやって六千年生きてきた。
 比べれば僅かな十六年、ルイズも毎朝祈りを捧げて生きてきた。
「良い天気だよ。おはよう?」
「わかったってば。おはよう、おはよう……もう」
「そうだね、おはよう!」
 妖精はきゃらきゃらと笑い、飛びまわる。ルイズは羽ばたく彼女を目で追おうとして、幾許もしないうちに諦めた。速すぎるのだ。
「それにしても、にひひ、フェアリーが私の使い魔かあ」
 あーらツェルプストー、あんたの使い魔ってそれ?
 まあヴァリエール、すごいわ、フェアリーを召喚するなんて!
 御覧なさい、この透き通る羽、優美な顔立ち。まあ、あなたの使い魔も悪くないわよ。
 いいえ、負けたわ……。ツェルプストーの娘がヴァリエールと張り合おうだなんて、間違ってたんだわ。ごめんなさい。
 とっても良い心がけね! それじゃ、御免あそばせ。
「……良いわ。すごく良い」

 ひょい、と妖精が飛び上がって、眼の焦点が合わないルイズの鼻先まで近づいた。夢の風船がはじけた顔で、ルイズは妖精を見る。
「ねえ、ご主人」
「どうしたの? そろそろ朝食の時間よ」
「あのね、聞いて聞いてよ。モンモランシーって娘のこと、知ってる?」
「同級生よ」
 妖精はやはり楽しげに笑う。
「その娘ね、ギーシュって子とつきあってるんだって」
「それ本当!?」

 始祖ブリミルは六千年の時を経て、メイジの崇拝の中で生きている。
 遥か古から在る妖精の女王ウーナは、エレンドラ谷の最奥で、噂話を糧に生きている。