@長谷川千雨 01

(麻帆良学園)あなたは世界樹の恩恵を受けている。[幸運+3]
(麻帆良学園)あなたは神秘に対しておおらかだ。[注意力-30]
(個人)あなたは目ざとい。[注意力+5]
(個人)あなたは人間観察が得意だ。[注意力+5]
(個人)あなたは疑り深い。[注意力+10]
(個人)あなたは神経質だ。[注意力+10]

 時刻は 06:29:48だ。おはようございます、長谷川千雨!

 ある朝、眼前にステータス画面が現れ、私は知った。
 この学園は生徒を呪っている。




 編入してから感じていた、疎外感、クラスメイトとの間にある 溝、持つことすら認めてもらえない疑問。全てこれのせいだったのかと理解した。
 疑り深いと言われてしまえばそのとおりだし、神経質についても自覚ある。幼い頃、それ故に角が立ってクラスメイトと対立し、ちょっとした問題になった。小学校に上がる前の話だ。
 新しい場所で、影が薄いと言われようとも、確執なくやってこれたのは、自分が弁えた からだと思っていた。だがこの謎のマイナス値のせいであるらしい。釈然としない。
 長所なのだ、それ故に問題が起こっても。マイナスに僅かな不快感を覚えた。

 クラスには忍者や、ロボットが居る。おかしなことだと常々思っていた。
 同時に、それらを当たり前のように受け入れているクラスメイトも、おかしいと思って いた。
 確かに前者はおかしいようだ。しかし認めねばならない。眼前のステータス画面を触る と、ボードのような感触が返ってきた。今日から仲間入りだ。
 そして後者のクラスメイトは、非日常を受け入れているのではない。この呪いによって 、気づけないだけなのだ。
 ミネラルウォーターを飲み干した。
「でも、何にもなんねーよ」
 呪いについて知った。だが、解呪法など載っているわけがない。
 一先ず棚に上げて、登校することにした。ドアを開ける。
 ホームを後にした。
 このポップウィンドウも少し煩わしい。




 教室に入った。おどろおどろしい気配がする。
「……おい」
 いきなりか。
 麻帆良学園女子中等部 2-A。ホームルーム直前とあって、狭い室内は普段通り姦しい。 能天気で、朗らかな笑い声が飛び交っている。この風景を見て、おどろおどろしいなどと 表現する人間はどこか頭がおかしい。だが、人間ではない。ウィンドウに映るメッセージ は自動的で、機械的だ。形容するに足る何かがあるのだ。
 僅かにこのまま戸口から離れることに躊躇いを覚え、足踏みして室内を見渡す。
「へいへーい、入り口に立ってどうしたの?」
 朝倉和美が話しかけてきた。親密度(48)普通
「は? いや……、なんでもない。邪魔だったか? 悪かったよ 」
「んー、それもそうなんだけど、なんだか思いつめた顔してたから」
 鋭い。目ざといと言い換えても良い。流石は報道部、と感心する。同時に一つのことに 思い至った。
 彼女の注意力は、学園の呪いに気づく数値まで達しているのではないか?
 少し不安になっていた。クラスでは意図的に友人を作らずに過ごしていた。誰かと話題 を共有することも出来ず、ただ襲い来る情報量に圧倒され、必死に噛み砕き、飲み干して きたのだ。吐き出せる相手は居ないのか。
 唇を結び、足を進めた。つられるように朝倉はついて来る。都合が良い。
「知りたいことがあるんだ。もし朝倉が知っていたら、と思うよ。聞いて欲しい」
「なになに? 任せて!」
 もう幾許もしないうちにホームルームが始まる。何故今、事を急くのか。約束だけ取り 付けて、昼休みにでも時間を持てば良いはずだ。
 違う、と結論付ける。そういうことではないのだ。疑問を抱え、中途半端なまま、何十 分も授業を耐えられそうにない。
「もしかしたら、あんたが気づいてるんじゃないか、そう願ってこれを聞くんだが――」
 朝倉の席まで歩いた。彼女は普段からネタ帳を携えているようだが、他の鞄や、机の中 にあると思しき資料も当てにしたかった。先ず、彼女に着席を促す。
「……深刻そうだね。私に分かることなら」
 不思議と頼もしい。私は朝倉が腰を据えたことを確認して、彼女の隣の空席に座る。こ の瞬間まで特別な意識はなかった。ただ、普段から空いている席に、都合が良いと感じた だけだった。
 着席した。その席は憑かれている。
 咄嗟に叫び声を上げなかったのは、普段の行いが良いからだと 、思いたい。





 憑かれている、おどろおどろしい。
 意図するものは分かる。幽霊だ。今の自分に信じきれるのか。
 忍者もロボットも、目に見えるものだ。このウィンドウらも、見て触れるからこそ信じ ている。幽霊なんて、いるものか。
 いけない、そう考えてはいけない。口の中で反芻する。
 否定のための疑義ではない。居ない事を願うには遅すぎる。
 このステータス画面が、私を騙すためのものなら、良いだろう。とことん無視してやれ ばいい。日常に戻るだけだ。
 だが、真実長谷川千雨を助けるためのものならば。愚直に、質朴に、最後まで信じぬく べきだ。
 幽霊が居る。ならばどうする?
 ポップウィンドウを信じて、魔除けの品を求め、持ち歩く。祓い師を探してきて、浄化 を頼る。思い切って、この憑かれた席から離れるために転校してしまう。
 手段はいくつも思いつく。気軽に出来ることから、そうではないことまで。勿論大掛か りな手段の方が、効果は目覚しいだろう。
 そして選んだ手段が大掛かりになればなるほど、ステータス画面が嘘だったとき、反動 が大きい。居もしない幽霊に怯えて転校する。ばかばかしいことだ。
 どこまでこのウィンドウを信じきれるか。反動に怯えず、行動を起こせるか。幽霊が目 に見えない、それが決心を鈍らせる。

「この席な」
「うん?」
「何かに憑かれてるとか、そういう話ってあるのか?」
 おや、と朝倉が首を傾げる。ネタ帳に手を伸ばしかけ、躊躇うように宙で遊ばせた。空 気を炊く大鍋の底から、僅かな食事をかき集めるのではなく、むしろ、多くありすぎてど れだけ盛れば良いのか分からない、そういうさまだった。
「意外だね、そういう話はしないと思ってたよ」
「そうか? うるせーよ」
「うん、私とそんなに話したことがないからって、油断しちゃダメだよ。
 こういう話は否定してかかるタイプだったでしょ」
「……まあな」
「まあそうだね、その席のこと。
 私は隣ってこともあって結構調べたんだけど、確かに座ると寒気がするって言われてる らしいよ。むしろ有名なくらい」
「へえ」
 思わず退ける腰を据える。先ほどから、拙い言葉だが、嫌な感じだ。
「あ、でもねー。実害は出ないんだよ、毎年」
「毎年?」
「そう、もう何年も前から言われてて、ウチ でも毎年記事にしてるみたい。とはいえ見解もある程度統一しててさ」
 なんだそれは。
「ああ、建てた時から冷える位置だった、とかかよ。……いや、これ以上はいい。助かっ た」
「おう! また知りたいことがあったら聞いてよ」




 幽霊が話しかけてきた。親密度(48)普通
 2d6 = [ 3 , 5 ] = 8
 かすれてよく聞こえない。

「……ん?」
 唐突に何行か、ウィンドウがスクロールしたことに気付き、訝しんで視線を遣る。
 再び幽霊が話しかけてきた。親密度(48)普通
 2d6 = [ 4 , 1 ] = 5
 かすれてよく聞こえない。

「おいおいおい、なんだよ……おい」
 あなたは周囲を調べた。おどろおどろしい気配がする。
「やっぱり何か居るのか?」
 再び幽霊が話しかけてきた。親密度(52)普通
 2d6 = [ 6 , 6 ] = 12
 あなたは幽霊の声を聞いた。

「あのう、友達に」
「……は? 友達……友達?」
「え、うそ!? 聞こえた? ……あ、あの! 私と友達になってくだ……――
 あなたは幽霊の声を聞き逃した。
 どういうことだ。
 極めて近い場所から声が聞こえた。教室では聞いたことがない声だ。慌てて見回し、探ってみても知らぬ人影はない。やはり何か居る、そして話し掛けてきている。
 電子音、機械音、風の音、木の葉の音、虫の鳴き声。
 人間の耳は疑える要素が多々ある。いくらでも思いつく。しかし、はっきりと聞こえてしまった肉声は、何とも疑い難く、否定しづらい。
 ウィンドウがログとして残っている。またスクロールしていく。
 再び幽霊が話しかけてきた。親密度(61)やや好意的
 2d6 = [ 2 , 5 ] = 7
 かすれてよく聞こえない。
 必死な幽霊が話しかけてきた。
親密度(61)やや好意的
 2d6 = [ 1 , 3 ] = 4
 かすれてよく聞こえない。

「ちょっと待ってくれ」
 虚空に向かってなおざりに手を振る。聞こえないのだ。無駄に声を枯らさせても仕方ない。

「なあ朝倉」
「なんだい宙と会話する少女長谷川」
「チッ、クソ、忘れろ。
 ……ええとだな。この記号の意味、わからないか?」
 机上のルーズリーフを手繰り寄せ、ペンシルで乱雑に書き殴る。「 2d6=[6,6]=12 」
 伝わるだろうか。知りたい。
 朝倉の反応は、思いのほかあっさりとしたもので、中央に寄っていた私の眉から、幾分か力が抜ける。
「あ、これ。確かパルの何かで見たことあるような。
 ねえ、パルー!」
「なにー?」
「ちょっと、これー」
 教室の後方から、呼ばれた早乙女が歩み来る。彼女は髪を揺らして朝倉の手元を覗き込み、簡単に答えを導いてみせた。
「2d6が、六面ダイスを二つ振る、みたいな意味。dはダイスのことね。その後ろは出目と合計かな。これだと6と6で12だから、一番良い数字」
「お、ああ、あー……なるほど、なるほど。助かった、ありがとう」
 疑問の氷解と同時にチャイムが鳴った。朝倉、早乙女に重ねて礼を言い、席を立つ。怖気が消える。
 後ろを見ずに片手を挙げて、構わないからついてこい、そうゼスチャーを送った。
 興奮した幽霊が話しかけてきた。親密度(71)好意的
 2d6 = [ 3 , 3 ] = 6
 かすれてよく聞こえない。






ちう ★ > 今 日はねぇ〜みんなに相談したいことがあるの!(> <)i (2002/9/14-14:41:02)
通りすがりB > なんでも聞いてよ、ちうタン。 (2002/9/14-14:41:28)
ちうファンHIRO > 学校のこと?頼りになるトコ見せるよ〜 (2002/9/14-14:41:32)
ちう ★ > ちうの友達のことでね〜 学校で注意力が足りなーい!って、怒られちゃって(ノε`) (2002/9/14-14:42:11)
ちう ★ > みんな注意力を上げる方法とか、なにか知らないかな? (2002/9/14-14:42:20)
ちうファンHIRO > 注意力?集中力かな。ピアノとか習えば良いって聞いたことあるよ。 (2002/9/14-14:43:00)
通りすがりB > その怒ったやつ、俺らがヤッちゃおうか。(w (2002/9/14-14:43:01)
アイスワールド > ダンジョンに潜って注意力の種を手に入れれば……(ボソッ (2002/9/14-14:43:08)
ちうファンHIRO > それ何てドラクエw (2002/9/14-14:43:17)
通りすがりB > もっと役に立つ事言えよ (2002/9/14-14:43:22)
ちう ★ > さすがにダンジョンは近くにないなぁ〜(>△<)q (2002/9/14-14:43:41)
アイスワールド > ごめん俺流のジョークでしたw (2002/9/14-14:43:08)


 思わず、椅子の背もたれに体を預けた。広い湖と、その中央の島。学園内に一つ思い浮かぶ。付随する沢山の本のイメージ。
「あるじゃねーか、ダンジョン」




 都合の良いことに、一時間目の授業は高畑先生の英語だった
 成績はあまり良くない。自覚ある。しかしこの教師には、生徒の興味が授業に向かないのは、教壇に立つ自身のせいと考えている節があり、こうしたささやかな内職には寛容だ。
 形だけ黒板に目をやりつつ、全く別の事をノートに走り書きする。
「 見てるか?
| おまえ 何だ

 幾許かの間。教師の声と、チョークが走る音、ペンが走る音。それだけだ。
| 幽霊なのか
 少し待って書き加える。その間、ウィンドウから注意を逸らさない。また話しかけられるかもしれないし、もしかしたらサイコロで12が出て聞こえるかもしれない。
 かたりと手の中から音がした。
 あなたのシャープペンシルは憑かれた。
 手の中から飛び出さんとするペンを、力を振り絞って押さえつける。
 私の机で私のペンが、独りでにノートの上を走りでもしたら、それはもう言い訳できない。
 少しの間、ペンと格闘していると、やがてそれは力抜けて、私の手の中にしっくりと納まった。
 あなたのシャープペンシルは解放された。
 思わず息をつく。目立たぬよう隣の席に視線をやり、安堵した。綾瀬の様子は変わりない。こいつが気づいていないなら、大丈夫だ。
 それは油断でもあった。
 地獄耐性が足りない。抵抗失敗。
 あなたの右手は憑かれた。
 咄嗟に力むが、それは力瘤のあたりの筋肉が心なし緊張した程度で、私の右手は勝手に走り出す。頬を引きつらせた私を置き去りにして、癖のない、美しい字を作り上げた。
「 見てるか?
| おまえ 何だ
| 幽霊なのか
|
| 初めまして 相坂さよといいます

 一瞬で全身を駆け抜けた怖気は、次の文字によって隈なく駆逐されていった。
| 出席番号1番です
 それは驚きでもあったが、同時に納得でもあった。学園の呪いによって、隠されてきたことの一つだったのだろう。呪いに気づけたからこそ、この相坂さよという幽霊にも気づけた。自明のことだ。
 きっと話し合える。
 トントン、と右手首を叩くと、そこに居るであろう幽霊は、弁えたように私の右手を手放した。
 あなたの右手は解放された。
 取り戻した右手を使い、逸る字で問う。
「 見てるか?
| おまえ 何だ
| 幽霊なのか←もう一度聞く
|
| 初めまして 相坂さよといいます
| 出席番号1番です

 書き終わってから、右手をだらしなく弛緩させ、机の上に投げ出してみせる。憑くなら憑け、構わないぞ。そういう意思表示だ。
 顔色も見えず、声音も聞けず、だがしかし、彼女の躊躇いが解った。ややあって、むくりとペンが立ち上がる。右手が独りでに動き出す。
 あなたの右手は憑かれた。
| すぐ真上に浮いています
 宙を見上げた。
 あなたは頭上を調べた。注意力の成長率が 0.1%上昇した。
 それは授業を受ける生徒として、いかにも不自然な動作だった。しかし、見えぬと解っていても、確認せずには居られなかったのだ。
 やはり影すらない。しかし、ウィンドウに興味深いメッセージが出た。最近見たステータスだった。
「もしかして……。これを上げれば、見えるのか?」
 呆然とした声だったろうか。思わず口をついて出た。見上げる動作と併せていかにも不自然だったはずだ。誰かに見咎められてはいないか。

 後ろの方から、くつくつと笑い声が聞こえた。聞き覚えがあるようで、聞いたことのない声だった。
 笑い声を聞かせないクラスメイト、そんなもの、いくらでも居る。珍しくもない。
 どいつもこいつも曲者ぞろいだ。
 曲者ぞろいだと、知っていた、はずだ。
 その声は、教師の声が途絶えたクラスの中でよく響いた。
「なんだ、おい、長谷川千雨」
 昂ぶっている。ただの子供だ。私より背が低く、非力な子供。
 私の目にはそう映っている。映っているが、どうやら違うらしい。
 吸血鬼が話しかけてきた。親密度(25)無関心
「貴様、それが見えるのか」
 見えるってのは、あんたと何か、関係あるのかよ!





 マクダウェルの挙動を、高畑先生は僅かな苦笑で受け止めたのみで、特に制することはせず授業を再開した。マクダウェルも弁えているのだろう、一言投げかけたきり、腕組みしてつまらなそうに座ったままだ。
 そしてチャイム。万金に値する数十分だった。
 お前が吸血鬼だということ、長谷川千雨は知らないし、知らないから、お前に話しかけられても、動揺もしない、声音も変わらない。
 ボロなど出してやるものか。
「見えるか……って、見えるか見えないかで言うなら、見えないぞ」
「ほう?」
 務めて平坦な声を出した。恐らく、話しかけられ、直ぐに問い詰められていたら、全てに白を切るつもりで答えていただろう。それは悪手だ。
「ただ、居るのはなんとなく分かるし、声も届いてんじゃねーかって……」
 学園の呪いを受け入れて、"神秘におおらかである"こと。これが正解のはずだ。
 案の定、マクダウェルは顔をしかめた。その様から見て取れるのは、期待外れ、そんな感情だろうか。
「……チッ」
 ふと、彼女は舌打ちする。眼球が右上に泳いだ。見様によっては目配せともとれる。
 つられて視線を向ける。マクダウェルのひとつ前の席、ロボットが居る。
 絡繰に意識を向けさせて、反応を確かめようというのだ。十分に警戒していたせいもあって、能天気で無警戒な、この学園でいう普通の生徒の顔を作れた。
 上手く切り抜けた気がして、奇妙な優越感を感じた。
「なあ、もういいか?」
「……ん? なんだ、まだいたのか。もういいぞ」
「そうか、じゃーな」




 相坂は思いのほか多筆だった。二時間目、彼女の境遇をよく聞いた。
「 地縛霊です なってから60余年になります
| 私 幽霊の才能ないらしくて
| あんまり気づいてもらえなくて・・・

 あなたの右手は解放された。
| だから友達を?
 あなたの右手は憑かれた。
| そうです
 あなたの右手は解放された。
| まあ 私で良いなら、ならんでもないが、、
 その境遇は同情に足る。微かに申し訳なさを感じつつも書き足す。
| 私はあんまり真面目じゃないけど
| 授業中 ずっと話してるわけにもいかねーぞ

 あなたの右手は憑かれた。
| 話してくれる人 今までいませんでしたから
| それに ごめんなさい!
| そろそろ力が
|
|

 じわりとして、右手に神経が通いだすのを感じた。返してもらえたようだ。
 あなたは周囲を調べた。おどろおどろしい気配がする。
 昇天、成仏はしていないらしい。文面からは、さほど深刻さは窺えない。
 一日に乗っ取れる時間が決まっているのだろう。そう想像して落ち着くことにした。





 図書館島。小学生のころからこの学園に在籍しているが、実は数えるほどしか訪れたことがない。
 そもそも大学部の施設でもあり、初等部、中等部にもそれぞれ十分な図書館が併設してある。
 図書館探検部という、中等・高等・大学合同の図書館島を探検するサークルに属してでもいなければ、中学生のうちから縁ができることもない。
 しかし、そういうサークルの存在を知っていたことが、今回は助けとなった。
「アレだな。図書館探検部、電脳の方のセキュリティはザルだな……」
 プリントアウトした図書館島の地図を眺める。拍子抜けするほど簡単に手に入ってしまったため、数日かけて乗り込むはずだった予定を前倒しした。とはいえ、ろくな準備もない。今日は地下一階か二階が精々だろう。
 吹き抜けのホールと、それを追うように高々と、上へ下へ積み連ねられている本棚。ふらりと訪れてどうにかなるものではない。
 始めは時間をかけて、丁寧に一つ一つ本の背表紙を見ていたが、次第に一つの棚から一冊、一つの区画から一冊と等閑になっていった。
 とにかく広すぎる上、他国語のものも多く収められていて、判断がつかない。地図には所々、何らかの記号が付してあるが、私には読めなかった。
「オタクに体力求めんなっての」
 そしてとにかく広い。
「クソ、ひとまず止めだ。あの辺は三階あたりか? とんでもねーぞ」
 吹き抜けのため、下の階の様子を窺う事ができる。地図と照らし合わせてみて地下三階のあたり。本棚と本棚の上に、板で道が作られている。その本棚は遥か地下から積まれているようで、底が見えない。足を踏み外したら終わりだ。
 幸い地下一階は比較的緩やかな階段、転落防止の柵など、一般人に優しい作りをしている。
 知らぬ土地故に、小まめに地図を確認していた。休憩室がすぐ近くにあるらしく、重い足を引き摺って向かい、ドアを押した。

 第21休憩室に入った。
 あなたは周囲を調べた。心が落ち着く。

「なんだ、ちゃんと休憩室みたいだな」
 一息ついてから、すっかりこのウィンドウを信用してしまっていることに気づいた。
「まあ、いきなり幽霊だの、吸血鬼だの……」
 荒唐無稽だが、猜疑心は既に掃われてしまった。
 休憩室。狭い部屋だ、六畳もないだろう。地下ゆえに当然窓もなく、壁にならうように足の短い長椅子が一つ置かれている。椅子の下に投げ込まれたいくつかの荷物、そして小さな自動販売機。
 喉が渇いている。釣られるように財布を出し、ろくに品目も確かめず硬貨を投入していた。
 あなたは自動販売機を使った。
「おい。売り切ればっかじゃねーか」
 一斉に目に飛び込んでくる、赤いランプ。品目も酷いもので、碌な飲み物がない。「パイン キムチ ミルク」、「抹茶コーラ」、「黒酢トマト」、等々。
 とりわけ酷いそれらを買わずに済んだことに安堵しつつ、僅かな不安を隠して、一つだけ売れ残っている物を求めた。
 プチの出汁を買った。
 同時に、最後のそれにも売り切れの赤いランプが光る。
 こんな場所だ、補填が悪いのも仕方ない。言い訳して、目を瞑り、ただの無味な水のつもりで一気に飲み干した。ていうかプチの出汁って何だよ。

 プチの出汁を飲み干した。肌がつるつるになりそうだ。あなたの魅力が上がった。
「なん……だと……?」





 ボタンを何度も押すことからはじめた。
 その商品は売り切れている。
 目の高さのあたりを叩いた。
 その物体は攻撃できない。
 蹴った。
 その物体は攻撃できない。
 取り口から手を入れてみた。
 窃盗の技量が足りない。
「く、クソッ! 私にプチの出汁をよこせ!」
 あなたは叫んだ。

 自販機の陰に据付けられたごみ箱に、空になったプチの出汁を捨てる。可能な限りパックを解体し、一滴も残さず口にした。ウィンドウは最初の一度きりだった。
 やや取り乱している自覚があった。務めて冷静に、椅子に座り、悶々とした心を落ち着ける。
 空中で指を滑らせて、ウィンドウを遡らせた。ログが残っている。あなたの魅力が上昇した。
 なんだ、これは。そんな飲み物が、この世にあったのか。
 注意力の種。冗談の産物を、捜し歩きに来ただけだった。意図せず服用して、動揺している。
 眼球は忙しなく、休憩室のそこかしこを探っている。どこかに残されていないか、何か残っていないか。
 あなたは足元を調べた。手袋が落ちている。
 あなたは手袋を拾った。

「ふーん……?」
 目当てのものではない。しかし、少しの期待を持って、それを履いた。
 手袋 (良質)[布製]を装備した。
 自然鑑定の技術が上がった。

「お、うん」
・アイテムの知識
 手袋 (良質)[布製]
 このアイテムに関する知識を得るには、鑑定する必要がある。

「アイテムの知識、アイテムの鑑定、ね」
 極めてゲーム的だ。だが、先ほどの飲み物とは違って、効果はよく分からない。自然鑑定という技術がより必要らしい。恐らく数をこなすうちに上がる。
 布製、薄手のそれは、指の隅々まで適した形をしていた。ほとんど動きを阻害することなく、地図を取り出し開く事も容易だ。
 たった一つだが装備品も手に入れた。眉唾として聞いていた図書館島のモンスターの存在も、今では信じてしまっている。いずれ挑むこともあるだろう。
 最もそれは、しばらく後になるだろう。今日は可能な限りの休憩室を梯子しよう。
 全部飲んでやる。




 第21休憩室を後にした。
 あなたは周囲を調べた。おどろおどろしい気配がする。

 少し、驚いた。まだ心構えが出来ていない。
 棒切れの一つでも持っていれば違っただろう。拳と脚でどうにかなるだろうか。この現実世界の全てに、ゲーム的な信頼を寄せるなら、背にしている休憩室に逃げ込めば戦闘は回避できる。気持ちは揺らぐ。
 足元に目を向ける。指定のローファー、酷く薄く、甲を使う気にはなれない。踵はなんとか使えるだろうか。爪先は無理だ。
 手先に目を遣る。脳裏に閃く(良質)の文字。自然と安堵していた。これは効くはず、使えるはずだ。
 静かな気持ちで周囲を睥睨する。同時に耳も澄ます。
 かたりと音がした。二つか三つ向こう、右の本棚の奥。扉から背を離さず、それが姿を現すのを待つ。白い姿が窺えた。
 地下一階だから、大丈夫だ。初心者でも、一般人でも、手に負える。ゲームだから、大丈夫。
「お約束だな……。スライムか」
 形は饅頭のようで、丈は人間の腰ほどまで。眼球が二つついている点が、いかにも超常の生き物のようで、少し慄いた。だがそれだけだ。
 安堵の溜息と共に駆け出した。弱そうだ、と思った。
 スライムは思いのほか俊敏に飛び上がり、体当たりせんとする。しかしそれは、極めて私にとっても都合の良い動作だった。程よい高さまで浮かんできたそれを、力いっぱい、殴り飛ばした。芯を捕らえた。
 攻撃をかわした。
 プチを殴って
軽い傷を負わせた。
「……!? これがプチか!」
 あれの原料だ!
 プチを殴って軽い傷を負わせた。
 プチを殴って軽い傷を負わせた。
 プチを殴って深い傷を負わせた。プチは冥界の冷気で傷ついた。
 プチを殴って
ミンチにした。
 あなたは強くなった。
 初等部に入ってからも、中等部に上がってからも。真っ当に生きてきたし、誰かを殴ったこともなかった。
 暴力とは距離を持って生活し、一切係わりを持たぬようにしてきた。
 気づけば無心に殴っていた。




 ひしゃげたプチは、その体積にはつり合わない少量の血を撒き散らし、光になって掻き消えた。僅かに飛んだ血も、本棚や本の直前で消し飛ぶ。床に残った一切れの肉のみが、現実にモンスターが居た事を知らしめている。
 屈んで戦利品を手に取る。
 あなたはプチの死体を拾った。
 僅かな葛藤は心の片隅にあったが、思い切って口にしていた。生肉がどうした。素材が悪いと、諦めていた。もっと美人になりたい。腹痛くらい、あるだろうか。それも怖くはない。
 プチの死体を口に運んだ。
 プチの死体を食べ終えた。生肉だ…
肌がつるつるになりそうだ。あなたは食欲を満たした。
 間違っても美味しいとは言えないが、舌はとろけそうだった。

 揚々と、最寄の第23休憩所に向かって足を進める。ねずみ、うさぎ、等々。道すがら、それらの常識的な生き物がモンスターとして襲い掛かってきた。かたつむりも居たが、名前だけで怪しげな風体の化け物だった。
 どれも案外楽に片がついた。そして今、ゾンビと対峙している。
 ゾンビに恐ろしい手で殴られた。あなたは冥界の冷気で傷ついた。
 ゾンビを殴って
深い傷を負わせた。ゾンビは冥界の冷気で傷ついた。
 ゾンビに恐ろしい手で殴られた。あなたは抵抗した。
 ゾンビを殴って
致命傷を与えた。ゾンビは冥界の冷気で傷ついた。
 ゾンビを殴って
破壊した。
 ゾンビの死体を拾った。
 やや手強かったが、気づけたこともある。私の右手は冥界の冷気を纏っていて、そしていくらかの耐性があるらしい。
 あなたは周囲を調べた。おどろおどろしい気配がする。
 確信を持ってステータス画面を開いた。




(麻帆良学園)あなたは世界樹の恩恵を受けている。[幸運+3]
(麻帆良学園)あなたは神秘に対しておおらかだ。[注意力-30]
(個人)あなたは目ざとい。[注意力+5]
(個人)あなたは人間観察が得意だ。[注意力+5]
(個人)あなたは疑り深い。[注意力+10]
(個人)あなたは神経質だ。[注意力+10]
(個人)あなたの右手は憑かれている。

・利手
 右拳
 格闘 1d6+1 x1.0  命中 72%
 それは地獄属性の追加ダメージを与える。[*]
 それは地獄への耐性を持つ。[**]


 朝、見たときには無かった項がある。私に利している。
 右手に向かって話しかける。
「相坂、お前も暇だな。…………助かる」
 幽霊が話しかけてきた。親密度(73)好意的
 2d6 = [ 1 , 6 ] = 7
 かすれてよく聞こえない。





 うさぎ、ネズミ、二匹のかたつむり。そして今し方なぎ払ったゾンビ。
 死体を落とすにもある程度確率があるらしく、プチに続いて二つ目のドロップだった。
 これはどんな効果だろうか。
「一番は魅力がいい。注意力でもいいけどな。まあ、食べてみりゃ分かるだろ」
 特別な抵抗は感じなかった。文字通り、私の肉となるのだから。
 ゾンビの死体を口に運んだ。
 ゾンビの死体を食べ終えた。生肉だ…
腐ってるなんて分かりきっていたのに…。あなたは朦朧とした。
「う、うるせっ…………うぷ、オエッ」
 足が縺れ、その場に蹲る。服が汚れぬよう気を配ってから、吐しゃした。




 重たげな体を引き摺り、時に本棚に預け、時に座り込みながらも足を進める。散々だ。
 頻繁に地図を開いていたため、現在位置は把握できている。どちらかといえば、目的の第23休憩室の方が、後にした第21よりも近い。
 不自由な身体で敵が居る道を進む。できれば避けたい。しかし、この場に止まるのも考え物だ。
 ふらつく足に鞭を打ち、一歩ずつ進む。本棚を手すり代わりに使い、肘をかけて休む。いつになったら良くなるのだろう。病気ではないはずだ。ただの状態異常だろうに。
 行程の半分を消化したか、というところで、ウィンドウが動いた。次の本棚に肘をかけたところだった。
 2巻の鑑定の巻物が落ちている。
 先ず、視線を地に落とした。何もない。微かにせり出した自分の肘が邪魔で、視界を開けようと一歩引く。丁度肘があった部分、本棚の本と本の隙間に、古ぼけた紙が二枚、挟まっている。
 手を伸ばした。
 あなたは2巻の鑑定の巻物を拾った。
 淡い青色の、華の無いアイテムだ。一度に二枚も手に入るあたり、いかにも。一枚使ってみる。
 どのアイテムを鑑定する?
  伊達眼鏡
  制服(上)
  制服(下)
  手袋 (良質)[布製] ◆
  革靴
 それは頼もしい布手袋だと完全に判明した。

 アイテムの知識 
 頼もしい布手袋 (4,0)[3,0]
 それは布で作られている。
 それは攻撃修正に4を加え、ダメージを0増加させる。
 それは回避力を3上昇させ、防御力を0上昇させる。


「なるほど」
 相応に便利だ。もう一枚は取っておくことにする。
 そして眼鏡、制服の上下、そして靴。それぞれがどうやらアイテム扱いらしい。部位に対応する装備品がある、そう考えるのが自然だ。
 他にも見つかるだろうか。アイテムはあるだけ有った方が良い。近くの本棚全てに手で触れようとして、意図せずぶちまけた。
 本棚から溢れ出た本が、足元に散らばった。
 厳かな装丁の、どこの国の物とも分からぬ本たちが、連続して床を打つ。不心得な私を苛めるがごとく、けたたましい音を立てた。行儀が悪い音の多くは、不都合な敵を呼ぶ。
 本棚の向こうに不穏な影が見える。小気味良い音が連続して響いた。辛うじて人の形を保ってはいる。そいつの間接が音を立てる。
 勝てないな、と思ったのは混濁した意識が弱気を誘ったのか。あるいはおかしな話だが、今になっては信じるに足る、レベル差というものを、肌で感じていたのかもしれない。
 骸骨戦士に鈍器で打たれた。
 攻撃をかわされた。
 骸骨戦士に鈍器で打たれた。
 骸骨戦士に鈍器で打たれた。あなたは
痛手を負った。
 攻撃をかわされた。
 骸骨戦士に鈍器で打たれた。あなたは
痛手を負った。
 体力が奪われていく。
 意識が朦朧としていく。
 ガイノイドが骸骨戦士を殴ってミンチにした。




 金貨をいくらか失った…
 時刻は 17:11:54だ。おはようございます、長谷川千雨!

 薄らとしたまどろみの中、口が自然と動いていた。なだらかな丘に覆い積もる新雪を連想させた。地に根付く緑は見えないものだ。
「私は友達に、前から読みたかった本が図書館島の一階にあると聞いて、平常授業を受けた後、それを探しにここへ来た。
 読みたかった本は無事見つかり、読みふけった。面白かったが、内容はあまり覚えていない。
 午後四時ごろになって、少し肩に疲れを感じ、誰も居ない第23休憩室のベンチで私は横になった……」
 うろたえた幽霊が話しかけてきた。親密度(73)好意的
 2d6 = [ 5 , 5 ] = 10
 かすれてよく聞こえない。

 少しの間、誰の姿を求めるわけでもなく、宙を見つめ眉を寄せ続けた。そしてまた少し間を空け、全身を楽にする。
 空中で指を滑らせた。ウィンドウを遡る。
 ログがある。





ニアより以前のログを見る

 吸血鬼は重症治癒のポーションを投げた。あなたに見事に命中した!あなたは濡れた。あなたの傷はふさがった。
 何かは魔法を詠唱した。
 魔法耐性が足りない。抵抗失敗。
 あなたは記憶を失った。

 金貨をいくらか失った…
 時刻は 17:11:54だ。おはようございます、長谷川千雨!
 うろたえた幽霊が話しかけてきた。親密度(73)好意的
 2d6 = [ 5 , 5 ] = 10
 かすれてよく聞こえない。

 本棚から目当ての本を取り出す自分、読みふける自分、疲れて横になる自分。
 偽りの記憶が剥がれ落ちていく。
 手のひらから炎を、雷を生み出すわけでもない。もちろんそれが持つ説得力は絶大だろう。魔法は確かにあるのだと、納得できるだろう。
 私の脳が作り変わっていく。丁寧に装ったつつみを、荒い爪で剥がしていく感覚。それは通常の思考とは違い、明らかに超常のものだ。ありえない。
 魔法の存在を受け入れる。
 魔法の効果が消えた。あなたは記憶を取り戻した。
 真っ先に目に付いたのがガイノイド、人型ロボットの女性名詞。どうやら絡繰に助けられたようだ。思い出してわかる。薄黄緑の長髪が翻るさまが、網膜に焼き付いている。
「記憶を失った、ね。しかも魔法」
 彼女の他に、吸血鬼と何か。私と骸骨戦士の他、三者があの場に居たようだ。
 恐らくステータス画面の、神秘を迎合させる呪いをかけた側の存在なのだ。
 絡繰、恐らくはマクダウェル、そして何か。あのときの私は言わば瀕死だった。もしあのまま助けが入らなければ、と思うとぞっとする。
 敵を掃い、更には回復までしてくれたらしい。そして記憶を消した。
 まさか私がこうしてログを遡れるとは、擬似的に記憶を取り戻せるとは思いもしなかっただろう。そしてきっかけを持ったことで、魔法そのものが無効化されてしまうなどとは尚更に。
「記憶はしっかり戻ってるしな。まあ恨む理由もない。……顔に傷もないし」
 手鏡で真っ先にチェックした。
 ただし、マクダウェルと持った朝の対話は些か不審だったようだ。それゆえ付けられていたのだろう。少し考えねばならない。
 うろたえた幽霊が話しかけてきた。親密度(73)好意的
 2d6 = [ 3 , 6 ] = 9
 かすれてよく聞こえない。

「……ああ? いや、大丈夫だ。覚えてる」
 安心した幽霊が話しかけてきた。親密度(73)好意的
 2d6 = [ 4 , 1 ] = 5
 かすれてよく聞こえない。

 相変わらず声は聞こえないが、感情豊かに気持ちを伝えてくる相坂に返事をした。
 彼女は記憶を消されていないらしい。要らぬ心配をかけてしまったようで苦笑する。
 そこまで考えて、思わず眉を寄せた。
 おかしい。

「なあ相坂、お前は記憶を消されていないのか?」
 幽霊が話しかけてきた。親密度(73)好意的
 2d6 = [ 2 , 5 ] = 7
 かすれてよく聞こえない。

「いや、えーと、そうだな。骸骨と戦ったことを覚えているなら、左手に憑きなおしてくれ」
 あなたの右手は解放された。
 あなたの左手は憑かれた。
 そうなのか。
「ありがとう」
 礼を言ってから、ベンチに深く座りなおす。無表情な壁に背を預けた。
 恐らく三者のうち、何かと表現された人物は私と面識がない。だからこその何か。
 人間であれば、名前が分からなくとも人間と呼べば良いし、種族が分からないというのであれば、プチ、ゾンビ、骸骨戦士、それらの呼称が表示されたのも不自然だ。
 私自身の視認が必要なのだろう。つまり吸血鬼と表示されているそいつは、マクダウェルと考えてまず間違いない。
 彼女は私にだけ記憶消去の魔法を使うことの無為を知っている。相坂と会話するさまを見られているからだ。そして何かは相坂の存在を知らず、気づけなかった。
 あのあざとい吸血鬼は、それを何かに黙っていた。
 知力の成長率が 0.5%上昇した。
 彼女の唇が釣りあがるさまが、脳裏に浮かび上がる。
 安堵と、わずかな空恐ろしさを感じた。




 あなたは自動販売機を使った。
 プチの出汁を買った。
 あなたは自動販売機を使った。
 プチの出汁を買った。
 あなたは自動販売機を使った。
 プチの出汁を買った。
 あなたは自動販売機を使った。
 その商品は売り切れている。
 プチの出汁を飲み干した。
肌がつるつるになりそうだ。
 あなたは2服のプチの出汁を荷物に入れた。
 とりあえず、やる事をやって、一息ついた。ここが地下一階、第23休憩室。地上への階段はさほど遠くない。
 目を瞑る。襲い来る骸骨の姿が、胸に小さくないささくれを生む。
 この部屋の外には、そいつらが大勢隠れている。本棚の奥、隙間、扉の向こう。
 膝が震えた。みっともない、貧乏ゆすりだった。
 こういうとき、真っ先に震えるのは、指じゃないのかよ。
 視線を落とす。それは頼もしい布手袋によって守られていた。
 第21休憩室の、椅子の下にあったもの。
 気づけば椅子を立ち、覗き込んでいた。
 あなたは足元を調べた。重靴が落ちている。
 あなたは重靴を拾った。
 重靴 (高品質)[銀製]を装備した。

 息も吐かずに一連の動作をこなし、そして心の内に生まれた僅かな高揚を確かめる。大丈夫、いける、怖くない。この装備は強いから、モンスターにやられたりしない。
 第23休憩室の戸口を視界に収めつつ、懐から鑑定の巻物を取り出した。
 どのアイテムを鑑定する?
  E 伊達眼鏡
  E 制服(上)
  E 制服(下)
  E 重靴 (高品質)[銀製] ◆
   革靴
 それは☆呪われた青ざめた重靴『冷めた美貌』だと判明した。

 アイテムの知識 
☆呪われた青ざめた重靴『冷めた美貌』 [0,6] (高品質)[銀製]
 それは銀で作られている。
 それは炎では燃えない。
 それは回避力を0上昇させ、防御力を6上昇させる。


「の、呪われた!? 変な効果がなきゃ良いが……」
 ふと、左手が震えるように持ち上がる。私の意志ではない、相坂が動かしている。
 それは私の顔を指差して静止した。
 何かあるのだろうか。荷物から手鏡を取り出し、訝しんで覗き込む。
 思わず悲鳴を上げた。




(麻帆良学園)あなたは世界樹の恩恵を受けている。[幸運+3]
(麻帆良学園)あなたは神秘に対しておおらかだ。[注意力-30]
(個人)あなたは目ざとい。[注意力+5]
(個人)あなたは人間観察が得意だ。[注意力+5]
(個人)あなたは疑り深い。[注意力+10]
(個人)あなたは神経質だ。[注意力+10]
(個人)あなたの左手は憑かれている。
(個人)あなたの顔色は悪すぎる。[魅力-10]





 あなたの脚はしなやかになった。
 夢の中で、あなたは偉大なる者の穏やかな威光に触れた。神よ。
 7時間眠った。あなたはリフレッシュした。まあまあの目覚めだ。

 時刻は 06:30:02だ。おはようございます、長谷川千雨!


 目を覚まして、布団の中を覗く。
 気持ち分だけ脚線が綺麗になっていた。


(麻帆良学園)あなたは世界樹の恩恵を受けている。[幸運+3]
(麻帆良学園)あなたは神秘に対しておおらかだ。[注意力-30]
(個人)あなたは目ざとい。[注意力+5]
(個人)あなたは人間観察が得意だ。[注意力+5]
(個人)あなたは疑り深い。[注意力+10]
(個人)あなたは神経質だ。[注意力+10]
(個人)あなたの左手は憑かれている。
(個人)あなたの顔色は悪すぎる。[魅力-10]
(個人)あなたの脚はしなやかだ。[速度+5]




「昨日は随分歩いたからな……」
 それが理由かは分からないが、嬉しい変化だ。暖かい湯を浴びながら思う。
 昨日は第23休憩室を出た後、すぐに図書館島を脱出した。帰路では一体の敵とも遭遇せず、肩透かしと、そして結果的には居もしない敵のために呪われた品を装備した自分への迂闊さが心にしこりを作っている。
 鏡に映った下半身が目に入り、幾分か気が楽になった。少し美人だ。
 呪われた靴は玄関に揃えてある。
 それまで何をしても脱げなかった靴だったが、ホームに入った、のメッセージの後、拍子抜けするほど簡単に脱げた。真っ先にステータス画面を確認したが、マイナスに変化はなく、またそれ以外の靴を履いて外出することも出来なかった。
 洗顔は憂鬱だ。顔色から良化のきざしは窺えない。
「それから……何だ。偉大なる者の穏やかななんとか。
 信仰スキルってのが上がったみたいだな」
 無宗教だから、死にスキルも良いところだ。あまり興味もない。
「あー……ん、んっ。……おはようございます、2-Aの長谷川です。高畑先生はおられますか?
 そうですか、でしたら、具合が悪いので欠席しますとお伝えいただきたいのですが。
 え? はい、そうですね、風邪、風邪です。昨晩から調子が悪くて、はい。すみません。
 失礼します」
 通話中、止めていたドライヤーを再開する。ついでに、携帯にこぼれた滴を軽く拭う。
 軽く撫で付けるだけにして、後はタオルに任せた。
 下着のみで部屋の角、冷蔵庫を目指し、パックジュースを一つ取り出した。
 プチの出汁を取り出した。
 プチの出汁を飲み干した。
肌がつるつるになりそうだ。
 部屋の鏡に下半身だけ写しつつ、一気に飲み干した。ちょっと美人だ。
 テーブルの上に投げ散らかしてある制服の上下を手に取り、皺を軽く伸ばして、ハンガーにかけた。明日からのクリーニングに備えさせる。
 昨日の色々のせいか、少し力がついた気がする両手で、クローゼットを開け放ち、何点か取り出した。
「覆面でチャイナドレスなんて、それが一番都合が良いっつっても、そんなシチュのキャラはなかなか……」
 幽霊が話しかけてきた。親密度(70)好意的
 2d6 = [ 2 , 4 ] = 6
 かすれてよく聞こえない。

「ひゃっ!?」

 思わずベッドに身を投げた。
 身体もそうだが、頭の方も、かなり堪えていたらしい。




「 ガイノイドが骸骨戦士を殴って倒した
| 吸血鬼が重症治癒のポーションを投げた。私の傷が治った
| 何かが魔法を詠唱した。私は記憶を失った

 ペンを置く。
「だいたいこんな感じか」
 私には少し不思議な力がある、気絶していても回りのことが少し分かる、相坂が居る事が分かったのもそれのせい。
 そんな風に説明した。
 あなたの右手は憑かれた。
 さらさら、と私の右手が走る。やはり相坂の字は綺麗だ。
「 ガイノイドが骸骨戦士を殴って倒した
 ↑10分くらい
| 吸血鬼が重症治癒のポーションを投げた。私の傷が治った
 ↑20分くらい?
| 何かが魔法を詠唱した。私は記憶を失った

 はっと息を呑む。確かに私のウィンドウには、わからない部分が多々ある。彼女はそれを教えてくれるつもりらしい。
 ペンは更に動く。
| 最後の人は、エヴァンジェリンさんが携帯電話で呼んだんだと思います
| エヴァンジェリンさんは絡繰さんに呼ばれて、
| 絡繰さんは、、最初からいた? わかりません
| もうだめ! って思ったら 本棚の影から 突然

「そうだ。これ聞きたいんだが、えーと。
 マクダウェルと、その先生みたいな男が特別親しくない、で合ってるよな?
 絡繰はどうなんだ?」
 昨晩から気になっていた部分だ。マクダウェルは警戒せねばならないが、直接助けてくれた絡繰は、出来れば警戒したくない。
| 絡繰さんは エヴァンジェリンさんが来るまで待ってました
| 二人とも 最後の男の人が来る前に 帰っちゃいましたけど

 椅子に背を預け、腕組みしようとして、まだ右手の相坂が何か書き加えようとしていることに気づく。力を抜き、彼女に任せた。
| あと これは 盗み聞きとかじゃなくて
| 図書館 すごく静か だから
| 聞こえちゃっただけ なんですけど 本当にわざとじゃなくて
| 私 エヴァンジェリンさんが電話した人の声 ちょっと聞き覚えあるかな? って

「わかるのか?」
 僅かに身を乗り出した。
| ずっと昔のことだし そうかどうかも全然わからないし
| 私の勘違いかな?とも 思うんですけど
| 
| 近衛くん  かも?

「近衛……君? 誰だソイツ」
| 私が生きてたころ ちょっといいなって 思ってた人 です
| 
| 
| 
| 
| ごめんなさい
| そろそろ 力が

「まあまあ相坂、少し待てよ。もうちょっと話せるだろ?」
 右手の支配権を明け渡そうとする相坂を制しつつ、唇がにやけて釣りあがらぬよう自制した。
 私自身、他人の事は言えないが、相坂も会話の機微には疎いらしい。嘘が嘘だと分かってしまう。
「丁度今、紅茶を入れようと思ったところなんだ。気分だけでも味わってくれ。
 それから、ありがとう。お陰で随分分かったような気がする。まあ、殺伐とした話は今日は止めとこう」
 詳しく聞きたいことができてしまった。
「もっとどうでも良い話をしようぜ。
 例えばほら、相坂が生きてたころの」
 他人の恋の話ほど面白いものはない。